乾物の知識



わが国民に適する榮養食品は何か?

  昭和6年に編纂された、「乾物の知識=その栄養価と調理法=」(大阪乾物商同業組合発行)で、当時の大阪乾物業界がどのような食品を主な乾物として取り扱っていたか、この小冊子で取り上げているものを紹介しよう。
 その前に、この小冊子に記載されている乾物に関する内容が当時の世相をよく表していて興味深いので、長文ではあるが、紹介して置きたい。文章は当時の名文?であるから原文のままとするが、国名や旧漢字が多いところは部分的に当用漢字に改めたが、辞書を片手に読まなければならない部分が多いようだ。


小冊子の原本写真

                                  
食品に冷淡な婦人  近(ちか)ごろ、何処(いずこ)の家庭でも榮養ということを重んぜられ、食品の成分とか、カロリーとか、ビタミンとかゞ詮議(せんぎ)にのぼるようになりました。誠に喜ばしい傾向です。
 われわれの生活要素を、一口に衣食住と申しますが、肝腎かなめの命を繋ぐものは「食」であった、「食」なくは命の持続が出来ない以上、その「食」についての知識を探求するは当然のことであって、生活上の一番緊切(きんせつ)な問題といひましょうし、世間のいはゆる生活改善とか、台所合理化とかは、此(これ)から発足しなければならぬ筈です。
 しかるに、わが国では、由来「武士は食はねど高楊枝(たかようじ)」などゝ申し、「食」-食べものゝことを詮議立てするを賤(いや)しむ風(ふう)があり、しかのみならず一家の臺所を支配し、その幸福と健康の鍵を握っている主婦たちが、日頃「衣」と「住」には熱心であっても、「食」には至って冷淡で、進んで食品の知識などには殆(ほとん)ど無関心で来たかの状態でした。即ち、是(これ)までの婦人の食品知識といふは、遠くは故老、近くは親近者の言い伝えを金科玉條(きんかぎょくじょう)と心得た極めて淺溥(せんぱく)なもの。また調理といへば、食品選択の重点を形とか色とかに採り、形式の美と感覺の快(かい)を貪(むさ)ぼるというふ風で、品質とか、栄養とか、味覺とかは第二、第三に置いたのであります。たとへば、一婦人が食料品屋の店頭に立った時まず目に觸(ふ)るゝものは、目新(めあたら)しいとか、物珍(ものめず)らしいとか、或は綺麗(きれい)であるとかで、肝腎(かんじん)の品質や、鮮度や、成分やなどに意(い)を留めて求めるといふ人は幾人(いくにん)あるでせう?。
 幸いに、輓近文化(ばんきんぶんか)の向上につれ、食品の成分性状と榮養關係がだんだん明らかとなり、同時に学者たちから色々の学説を聴かしてくれますので、一般の人々も、この栄養といふ点に耳を傾けるようになりましたが、こは独り家庭の幸福を増進(ぞうしん)せしむるのみならず、國民の保健問題、経済問題、食糧問題などに寄与するところ大(だい)なりと信ずるのであります。

食料品は複雑となる しかし、単に栄養といっても、食品にはそれぞれの性状や成分のあるもので、おのおの異なった効能――千差万別の栄養価を具えているわけですから、それを一々理解せよといつても難しい注文です。況んや個人個人の体質や、健康状態や、嗜好や、生計度などに合わせて選択することは一層むづかしいでありましょう。
 ことに科学の進歩や人智(じんち)の発達につれて、各種の食料品を通じ、日に月に、種々の改良や新案が行われ、一方欧米各国、東洋各国の目先の変わった食料品が頻々(ひんぴん)として輸入されて来るので、その種類が超スピードに増すと同時に、人々の嗜好もも急テンポに変わってゆく有様で、自然食品知識の探求といっても、オイソレと簡単に片付け得られなくなりました。これからの台所の支配者はナカナカお骨の折れることと察します。

ある食養学者の説 さりながら、心静かに稽(かんが)うれば、食品の選択要件は、単純に新しいとか、珍しいとか、貴いとかではなく、さらに舶来の品だから栄養の標準なるわけでなく、またそれがわが国民の適食であるかどうかも疑わしい次第です。かの舶来品であれば何でもいいと信ずるは、化粧品とか、雑貨とか……に或(ある)いは真理であり、肯定されることかも知れませんが、ひとり食料品に至っては、断じて舶来崇拝の迷夢(めいむ)を打破しなければならぬようです。元来、国土と国民の食糧とは頗(すこぶ)る微妙な関係が繋がっているようで、一食養学者は
『―食品は人体自然の要求から来るもので、その要求を無視しては如何なる食品や料理も真に栄養になりよう道理がない……。かかる意味において、我が国と大いに気候風土を異(こと)にしている大陸的気候有する欧米や、支那や、印度の食品や料理が、直ちに、そのままでは我邦人に却って不適当であるということが出来る。されば、かかる理を良く玩味(がんみ)することによって、近来種々なる西洋食品や料理や、支那その他気候風土を異にせる邦土の食品や料理が、急激に我邦に輸入されて、それらが一部の人々に栄養に富むとか、美味だとか唱えらるるに拘(かかわ)らず、その反面において吾(わ)が邦人の体質が益々悪化し、多病短命(たびょうたんめい)になったというような意味が明らかになった』云々。
 また、曰く
 『すべて、物事に熱し易く、また飽き易い性状を有する我邦人は、外国から輸入された栄養学説、それに伴う外国食品の効能を過信し、それに余りに心酔し過ぎた結果が、現在の如く却(かえ)って体質悪化を来たしたのであるから、眞の合理的に欧米に発達せる学理(がくり)、若しくは食品の性質について研究し、よくそれを消化して我邦人に適するように用いねばならぬ』
 と説いていますが、至極御尤(しごくごもっと)も所論(なしょろん)で、記者も全く同感を表したいと思います。
 結局、食品については洋の東西を問わず、その成分、性状、生理的作用を良く理解した後、その長採り短を捨て、自分の健康や嗜好にピッタリ適合させることが最も必要であり、且(かつ)また、食品は如何に世界共通的のものであっても、我邦人には、我邦の気候風土および、国民の性状と慣習に適した食品が存在するから、その食品を嗜食(ししょく)することが一番の養効果を挙(あ)ぐるの捷径(しょうけい)だと断じ得るようであります。



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