解 説 素麺は、わが国中古時代から賞用される重要食品で、一千餘年前の延喜式に「索餌(むきなわ:さくじ)」の文字を見受けるほどであります。小麦粉を塩水で捏ね、麺棒でひろげて伸ばし、細く切断し、胡麻油または綿実油(めんじつゆ)で線條に引伸ばし、架にかけて乾燥したもの。製品には手延製、機械製の二種あり(以前は手述製のみ、手延製は機械製に比し味よしとされ、値段やや高く、今日でも手延製の需要が多い)。昔から素麺製造に適する気候風土を利用し、小麦生産地特有の冬季副業として発達したもので、自然或る地方を限った名産物になったのですが、製麺機の出現以来、全国至るところで製造を見るようになりました。しかし、何としても多年の経験と熟練した技術によって優良品が生まれるわけで、産地には今も昔もあまり変わりがありません。現に兵庫県の播州中部(姫路方面の数郡)が日本一の素麺郷で、播州素麺同業組合の一傘下に年額百万箱(一箱とは目方で4貫800匁、束数で320~330束、1束の量目は約15匁です)を産し、次に岡山県の備中同業組合の25万箱、三重県の伊勢同業組合の2万箱、奈良県の三輪同業組合の12万箱、淡路同業組合の8万箱等が主要な産地で、大阪府下の北河内、香川県の小豆島なども屈指の産地であります。そして産地各組合は、その地方の製品を統制して互いに品質の向上を競い、それぞれの銘柄や商標を旗印として販路開拓に努めていますが、その銘柄を挙げれば下記の通りです。
「播州 素麺」三幡の糸、白鷺の糸、揖保の糸、飾選の糸(しきせんのいと)、菅の糸。
「備中 素麺」吉備の糸、松の雪。
「伊勢 素麺」大矢知組合は三幡の糸、三重の糸。三重郡組合は雪の糸、月の糸、花の糸。
「大和 素麺」大和緒環、磯城の誉、三輪戎。
「淡路 素麺」おのころの糸、御陵の糸、千鳥の糸、淡路の糸。
「小豆島素麺」島の誉、島の光。
「河内 素麺」河内の糸、交野の糸。
用い方 沸騰で茹でて軟らかくなったものを煮出汁で用いるのは普通ですが、調理法により種々の美味しい食べ方があります。次に数例を載せます。
素麺の選び方、ゆで方
素麺料理例を書く前に、その選び方と茹で方、煮汁の取り方を一通り申し上げます。
素麺の選び方 素麺は太いものより、なるべく線状の揃った細口のものがよろしい。素麺には「厄」というものがあり、入梅期が近づくと、塩分と油分との作用で一種の油臭を発散するから、その「厄」を脱する事が必要です。それから品質の硬いのを嗜む人、軟らかいのを嗜む人、その嗜好は各人によることですが、1年越位のものは硬くしてサラサラし、新製品ほど柔かで麦の香気が高いものです。これを心得て新古いづれともお求め下さい。
素麺の茹で方 素麺は茹で加減が大事で、茹りすぎては味がすっかり変わります。まず100匁の素麺に対し水3升位(水の多いのは差支えなし)を十二分に沸立たせ、その湯の上で帯をといた素麺をよくほぐし、一度にサッと手早く投げ入れます。そしてふき上がって来たら長い箸でよく上下にかきまわしながら、箸が滑らかに当るようになりましたら、2~3本とって透かして見ます。透明になり、一寸(ちょっと)手で切って見て、ほぼ茹った様でしたら、もう1分という所でよくかきまぜて笊にとり、水の中で4~5回手で濯ぐようにして晒します。
素麺の煮汁の作り方 煮汁は少しあっさり加減がおいしいです。そば屋あたりの煮汁の様では少し濃いすぎますから塩を利かして、醤油は色づけ位にほんの吸い加減に仕立てます、5人前の煮汁なら昆布5寸位、鰹節30匁位、水6合でとります、砂糖や味醂は入れません。
しかし、煮出しの作り方は、人々の好みのものですから如何ようにも御工夫ください。播州素麺同業組合の例示するところも紹介いたします。
A煮出汁 上等の醤油1升に味醂3合、砂糖80匁の割合で調合し、これを沸き返るほど煮る。
B煮出汁 水1升に対し、鰹節24匁、昆布1本、その煮方は、先ず水に昆布を入れ、沸騰後昆布を引上げ、鰹節を入れ、約30分しづかに煮やし、笊の上に白布を敷いて汁を漉し、煮出汁をつくり、A煮出汁1升に対しB煮出汁3升の割合で調合し、山葵又は芥子、柚子などを少し加えるとよろしい。この煮出汁は4~50日間保ちます。